日本的民藝陶- 愛知県 正木焼 まさきやき
「正木焼」は尾張藩士であった正木惣三郎と子伊織の制作による陶器である。正木焼初代の惣三郎(1801-50)は嘉永三年に五十歳で没した。天保 13 年に父の禄を継ぎ二百石取りとなり、後に六左衛門と改めた。勤仕の余暇に作陶を行い、その製品は黄瀬戸が多く人物を配した香合等を最も得意とした。印には「正木」と横書き、使用土の産地である愛知郡星崎に因む「星崎」印がある。瀬戸窯または名古屋城内の御深井窯で焼かせた。二代 (1827 - 79)は幼名は半次郎、文政 10 年に生まれ、惣三郎の長子として父の禄を継いだ。藩主茂徳の頃に御小納戸役に進み、名を伊織と改める。風流茶儀を好み、陶技を父に学ぶ。絵を山本梅逸・上田桃逸に学び桃園、黄清、藤清と號した。尾張 16 代藩主義宣(1858-75)に陶法画技を教授する機会があり、以後は寵遇を受けたという。また江戸別邸に設けられた御庭焼の窯に一時関係したともいう。廃藩後には瀬戸の加藤五助、犬山焼の作十郎の作品に陶画を描いた。明治 3 年に隠居し、明治 12 年に犬山に没した*。 正木焼の印として知られているものは、小判または枠なし「正木」の横印、小判または丸に「正木」の縦印があり、その他丸に文様風の銘款、小判に「星崎」印がある**。 管見ではあるが、現在正木焼作品には茶碗、水指のほか小人物を配した小型の置物と香合がよく知られている。主に後者の評価により著名である。



