東海道53次 32.荒井
佐野喜版(1840)
「狂歌東海道」-横大判56枚揃物
彫師:松田寅藏 / 摺師:板倉秀継
浮世繪之美 - vol.3132
海上1里の船旅が終わり、船が着岸し、大名一行が幔幕の張られた荒井(新居)の関所に向かう様子が描かれています。「入鉄砲出女」の厳しい取調べが待っているので、絵に緊張感が漂っています。保永堂版で船中の中間達が居眠りや欠伸をしているのも、着岸後の緊張を予見し、それと対比的に表現しているからです。ここでの関所改めが終わると、冠木門を過ぎて荒井の宿に入って行くことになります。女改めの検閲が厳しく、女は上りも下りも関所手形が必要で(前掲『東海木曾兩道中懐寶圖鑑』「荒井」には、「御関所上下旅人女切手(形)御改」の記述あり)、荒井の関所を嫌い、船渡しの危険や縁起の悪い言葉「今切」を避けたい女達は、浜松の茅場(かやんば)の追分から御油までの13里半の本坂越を歩きます。別名「姫街道」とも呼ばれる所以です。
『東海道名所圖會 巻の三』(前掲『新訂東海道名所図会中』p165~p166)には、国号遠江は浜名湖(はまなのみずうみ)に基づき、琵琶湖のある近江を「ちかつあふみ」と言うのに対して、浜名湖のある遠江を「とほつあふみ」と呼ぶことに由来すると記されています。ちなみに、「あふみ」とは「淡海」の字を当て、淡水湖という意味です。しかし、洪水によって今切の地が生まれ、潮が入って浜名湖は淡水の湖ではなくなってしまいました。狂歌に「遠つあふみ」とあるのは、ここでは本来の意味での浜名湖それ自身のことを指しています。
狂歌の内容は、見渡す浜名湖に波も立つことはなく静かで、「あらゐ」(「荒い」と「荒井」の掛詞)という名の関所の戸も閉ざすことなく開いているということです。「関も戸ざゝず」の意味は、船旅が良好で関所の改め時間(明け六つに開き暮六つに閉じる)に間に合うというよりは、関所の厳しい詮議もなく無事通過できるという趣旨ではないかと思われます。
見渡せば 遠つあふみも なみたゝで
名にしあらゐの 関も戸ざゝず
朝霞亭波音
歌川廣重(Utagawa Hiroshige,1797-1858)
《東海道五十三次》爲浮世繪大師歌川廣重成名作
描繪由江戶至京都的53個宿場
包含起點的江戶日本橋和終點京都内裏共56景
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